田島ナビさんをご存知ですか?

鹿児島県の奄美群島国立公園に属する喜界島在住で長寿日本一の女性です。しかも世界で第2位!

19世紀、20世紀、21世紀と3世紀にわたって生きてこられています。お子様やお孫さん達もたくさんいらっしゃっると思います。

そのあたりを探って、田島ナビさんの実像に迫ってまいります。

 

スポンサーリンク

田島ナビさんは現在116歳!

上の表で左は国際的な老年学研究者団体(GRS)が2017年4月15日に発表した長寿ランキング、右が報知新聞がまとめた表です。

ジャマイカのバイオレット・ブラウンさんが117歳で最高齢。 田島ナビさんは同じ1900年生まれですが、5ケ月程遅れて第2位です。
今年の8月には117歳でブラウンさんに並びます!凄いですね!

凄いと言えば、ベストテンに日本人が5人も入っていることです。 それとこの10人はすべて女性です!
それにこのランキングにリストアップされているのは43人ですが、男性はたったの1人でした。

やっぱり女性は凄い!長生きホルモンが影響しているんでしょうか?

 

田島ナビさんは19世紀生まれ!

田島ナビさんの生まれた1900年は19世紀です。この19世紀生まれで存命中の人は、世界で2人しかいません。その内の1人です。

ところで、1900年(明治33年)はどんな時代だったんでしょうか?

総理大臣は山県有朋から伊藤博文へ。陸軍大臣も桂太郎から児玉源太郎に変わりました。

中国大陸はきな臭い年でした。日清戦争は5年前に終わっていましたが、この年に義和団の乱が勃発し日本を含む列強8カ国連合軍が制圧に当たりました。西太后・李鴻章らの名前もよく出てきます。

社会現象では、年賀状の取扱い開始や12歳以上の男女混浴禁止の布達が出されたりもしました。未成年者喫煙禁止法も公布されています。未成年者にタバコを販売した者には80円以下の罰金でした。

明治も33年経過し、社会制度の整備が着々と進んでいたんですね。

田島ナビさんは、そんな時代に生まれました。

日露戦争が終わった時(1905年)は5歳、第一次世界大戦終了時(1918年)は18歳、第二次世界大戦終了時(1945年)は45歳。
多感な時期に多くの戦争を経験されています。

 

私生活では、ご主人と一緒にサトウキビ農業に従事されていました。ご主人が1991年に95歳で亡くなり、ご自分も2001年(101歳)で特別養護老人ホームに入居されました。現在は車椅子での生活ですが、お孫さんがそのホームに勤務されていますので安心です。

元気な時の田島ナビさんは朝早くから夜遅くまで働き、性格も優しかったそうです。

ちなみに、ナビという名前は「鍋」の方言です。親が料理上手になって欲しいと名付けたそうです。

いろいろ調べてみると、壮大な歴史を感じます。

 

スポンサーリンク

田島ナビさんの子供や孫や来孫は?

田島ナビさんは3世紀にわたって生きてこられました。家族や子孫が気になります。調べてみました。

お子さんは7男2女で9人でした。やはり昔は子供の数が多かったですね!
孫28人、ひ孫56人、玄孫35人で計128人。来孫を入れると140人以上にもなるそうです。
喜界島には19人が居住されています。

さすが日本一!
人数も多いですが、来孫に突き当たるのも凄いですね!

まとめ

青い海ときれいな空気!食物繊維が多いサトウキビ!農作業で培われた体力!温和な性格!家族愛!旺盛な食欲!

田島ナビさん長寿の秘訣が何となくわかってきました。

これからもっともっと長生きされて、世界一を目指していただきたいと思います。

 

スポンサーリンク